すべての経験がキャリアアップにつながる
機械設計テクノロジスト
山地那由他
機械工学科卒 2003年 新卒入社
機械いじりの好きな子どもが
設計にはまった
使わなくなったゲーム機を分解して内部の構造を見た後、元に戻す。それに飽きるとテレビやビデオデッキも分解…。中・高校時代、電化製品に興味を持って、そんなことをして遊んでいました。機械工学部に進んだのはその影響があったのでしょう。そして大学3年の時には機械設計の資格試験を受験しました。当時この試験はとても難しくて、合格率は約1割。周りには受かるわけがないといわれ、今までの人生で一番勉強をして…。学んでいる中で設計の面白さを感じ始め、段々夢中になっていったんです。自信はなかったけれど、みごと合格! この時に自分の天職は「設計」なんだと確信しました。
回り道してもいい。
でも、いつかはプラント設計に

プラント系の設計がしたいと思い、就活ではプラント系を一社受けたのですが落ちてしまい、ジェイテックに目が向きました。本音のところ、世間的に派遣はよく言われていないし、大学教授からも勧められなかったのですが…。でもジェイテックの説明会で、私の話をとてもよく聞いてくれて、私のやりたいことを真剣に考えてくれる会社だと分かったんです。そこで「はじめはプラント系で働けなくても、それは自分の経験につながる。いろいろな業種を経験して自分に自信をつけ、最終的にプラント系に進めればいい」と気持ちが切り替わりました。現在はハイブリッド車の電池バッテリーの設計をしていますが、やりがい十分です。
悩み抜いて"ひらめいた"時、
努力が報われる
設計の仕事の面白さとは"ひらめいた"瞬間だと思います。設計案をいろいろな方向から考えて、悩んで、時には辛くて、もういい案は出てこないんじゃないかと思うこともある。でも「これなら行ける!」と、ひらめく一瞬があるんです。そんな時、あきらめなかった自分を褒めてあげたくなる! そして自分の設計したものが世の中に出た時は、心の中で「やった!」とつぶやきます。最高の達成感。今のプロジェクトに就くため、家族で東京から水戸に移り、半年が過ぎました。はじめは不安でしたが、水戸は便利だし自然もあり、とても住みやすい土地。営業所の所長は忙しい中でもこまめに状況を聞いてくれ、とても信頼しています。ここで長く仕事をしたいと思っているくらいです。
テクノロジストを目指す君へ
今まであるものよりも、よりいいものを作るのがテクノロジスト。だから、あきらめない粘り強さのある人、負けず嫌いな人が向いていると思います。それからもうひとつ、自分の性格は"適当"と分析しているのですが、これは"手抜き"とは違って"要領がいい"ということなんじゃないかな…と。いろいろなものや人の動きをしっかり観察して把握し、自分から進んで行動して"うまく"やっていく。これもテクノロジストに必要なことの一つかもしれません。また、面接では積極的に"やる気"を見せること。私自身、ジェイテックの面接に合格した決め手は「やる気」だったと今でも思っているんです。
風車への憧れが、モーターへの興味の原点
機械設計テクノロジスト
伊藤尚也
電子機械工学専攻科卒 2002年入社
ずっと思い続けてきた
"作ってみたいもの"
幼稚園の頃、テレビ画面に映し出された大きな"風車"。それに強烈に魅せられた僕は、以来ばく然と"風力発電"に憧れ続けてきました。高専、その後2年間の専攻科では、"油圧可変絞り弁"を研究。就職は大手工作機器メーカーに決まりました。入社後分かったのですが、そのメーカーは工作機の組み込みモーターを内製化に向けて研究していたのです。「モーター!?…憧れに近づいた!」。何とかしてモーターの研究部門に入りたい。思いを熱くしたその頃、新入社員が全員経験するいわゆる"現場研修"が始まり、そこで僕はベテランの職人さん達に付き、金属を削る・磨く・調整するといった"匠の技"に触れることとなりました。
モノづくりが何たるかを
教えてくれた尊い出会い

職人さん達と職場を共にし、僕は衝撃を受けました。5/100ミリの精度を要求される鉄を削る"きさげ"という作業。それは熟練工のおやじさんの手によらないとだめ。機械では実現不可能なまさに神技だったのです。強い興味を示す僕をおやじさん達は手取り足取り教えてくれ、研修が終わるお別れの日には涙まで流してくれて…。さらに、数ヶ月後の配属変えの際、「これからの開発職は、あいつ(僕)みたいな奴にやらせた方がいい」と、部署を越え僕の上司に進言してくれたのです。偶然にもモーター部門に欠員があり、僕はライフワークとなるモーターの研究・開発に携われることに。…モノづくりの大先輩達から、僕はあまりにも大きなものを授かりました。
この技術をまっとうすることが恩返し
その後、僕はモーター技術の世界にどんどん引き込まれていきました。"モーターを極める"。そう決意を固めた僕は、当時の会社を飛び出し、ジェイテックの門を叩きました。モーターがメインの分野で、もっと広い技術を自分のものにするべくいろいろなメーカーで仕事がしてみたい、そんな強い技術欲と使命感に突き動かされたからです。入社以来、強電関係、建設重機関連、自動車関連、アトラクション系など様々な開発に携わることができました。今では、モーターの中でも特に磁気回路設計については、自分はエキスパートの域にいると自負しています。これからも僕は、技術者としてもっともっと上を目指していきます。この道に導いてくれた、モノづくりの本質を教えてくれた、あの熟練工のおやじさん達の思いに報いるために。
テクノロジストを目指す君へ
元来技術者というものは一人ひとり、"自分が商品"という意識でいるべき存在だと思います。その緊張感が、自分から領域を広げたり、ハードルを上げたり、成長をもたらす。僕が見てきた範囲では、メーカーの開発チームにおいて技術的なカナメは実は派遣スタッフが握っている場合が多く、すごく頼られていることを何度も実感してきました。道を極めていくには、ブレない夢を持つことです。技術者として"自分の人生"を進んでいきましょう。
世界を相手に勝負し続けるテクノロジスト魂
機械設計テクノロジスト
石川泰彦
自動車科卒 2006年入社
最新鋭機体の設計に従事
私が長くキャリアを重ねてきたのはデファレンシャルギアを中心とした自動車の駆動系の技術。量産車ではなく、ラリーカーの開発を専門に"勝つための技術"に心血を注ぎ込んできました。ジェイテックへの転職も、募集はこの分野のスペシャリストを求めるものでした。現在は、某メーカーでクルマではなく、大型旅客機の機体を設計するプロジェクトで仕事をしています。モータースポーツの技術の多くは航空関連の素材(カーボンファイバー、アルミ7000番台、チタン、燃料タンクなど)から派生したもので、実はラリーカーと航空機はコア技術的に共通している要素が多いのです。
イギリス人スタッフを
まとめ上げる立場で

ワールドラリーに関係する仕事に就くのは長年の夢でした。新卒で入った会社で私はビスカスカップリングの実験に集中し、オイルも開発するなどおよそ70件の特許を取得。その実績が買われ、モータースポーツを積極的に推進するメーカーに転職。そこでル・マン24時間、ワールドラリーチャンピオンシップ(WRC)に一から立ち上げたマシンを出走させました。WRCでは当時ラリーチームの本拠地がイギリスだったため、私も渡英し2年間現地で生活。イギリス人のスタッフを部下に従え、駆動系だけでなくクルマ全体の設計に没頭しました。後にチームがフランスに移ることになり、私は一区切りつけて次の夢に目を向けることに決めたのです。イギリスでの根を詰めた管理職の立場から解放され、「自分の時間をもちたい」と思ったのが正直なところでしたが。
陸を制し、次は大空へ!
飛行機の設計開発はワールドワイドで行われています。パーツの一つ一つを製造するのは韓国。それを輸入して日本で複合材部品に組み上げ、最終的に大きな機体の部分に完成させてアメリカのメーカーに納入します。重要なのは、航空機メーカーから用意された膨大なスペックデータ、マニュアルをいかに咀嚼して理解するかということ。英文を読み解く力がプロジェクトを引っ張る肝となります。私の場合イギリスでの苦労が大きく活かされ、戸惑うことなく培った技術を航空機分野に発揮できています。念願通り時間にも余裕ができ、今やアマチュアレースのオフィシャルを務め、趣味で再びサーキットで車を走らせる楽しみを手に入れました。
テクノロジストを目指す君へ
海外に目を向け、ぜひ世界の舞台で成功体験を積んでほしいと思います。先端技術に携わるなら、多かれ少なかれ英語というコトバの壁を越えなければなりません。検定試験などで点数は取れないけれど、海外とのやりとりや海外出張の多かった環境の中で、私はOJTで徹底的に英語を身につけました。また、外国で仕事をする場合、その国のマナーをきちんと守り、文化に溶け込むことも相手とコミュニケーションを深めるためにとても大切です。それから、乗り物の快適性を表す要素としてNVH(ノイズ、振動、ハーシュネス)というものがありますが、私のように人を乗せて移動する物を作るテクノロジストには、ノイズを聞き分ける「聴覚」がとても重要です。「聴覚」を養う意識を持ってください。